バイカー仲間
5月28日。
意識の浅い三女と重傷の長女のそばから離れたくなかった。
そばにいて、励ましたかった。
母の愛で包んであげたかった。
でも、私は命を亡くした次女を抱きしめに行った。
松山赤十字病院から寝台車で乗ってきた変わり果てた娘の姿があったからだ。
まっちゃんが気をきかせてくれて寝台車の中で私と千尋の二人の時間をくれた。
「ちーちゃん・・・ちーちゃん・・・」
目にたっぷりの涙があふれ、名前を呼びながら頭やほっぺを優しくさすった。
私の両手でさすったり、わたしの頬で千尋のほっぺにスリスリもした。
スリスリしながら、千尋がただめをつぶっているだけに思えてきて、
「ちーちゃん、寒くない?ちーちゃん、背が伸びたね。
ちーちゃん・・・ちーちゃん・・・」
ゆっくり話しかけながら私は千尋に口づけをした。
優しい優しい気持ちで口づけをした。
病院には家族・身内はもちろん、
愛媛・香川・徳島のバイカー仲間がたくさん駆け付けてくれていた。
葬儀のため千尋とまっちゃんとで寝台車で高松の家に帰ることになった。
身を引き裂かれる思いだったが、子供二人の生命力と病院の先生を信じるしかなかった。そして寝台車の中で、今病室では長女と三女のそばには香川と徳島のバイカー仲間三人もついててくれると聞いて安心した。
長女も三女もHCUと言う特別な病棟にいた。ICUの隣だ。
三女は看護士詰め所の真ん前。長女は個室に入っていた。
子供達に付いてくれている仲間のうち二人はナース。そのうち一人は妊婦さん。瀕死状態の三女に付きそっている間、どんなに心を痛めてただろう。一時、気を失っていた長女になんて声をかけてくれたのだろう。きっと、言葉を探して探しての時間を過ごしたにちがいない。香川の仲間も、仲間と呼ぶにはよそよそしい程の家族同然のつきあいだ。だからこそ安心できたのだ。
ありがとう
あたりまえやんって言われるだろうけど、この感謝の気持ちはいつまでもいつまでも私たち家族のなかにあり続けます。
意識の浅い三女と重傷の長女のそばから離れたくなかった。
そばにいて、励ましたかった。
母の愛で包んであげたかった。
でも、私は命を亡くした次女を抱きしめに行った。
松山赤十字病院から寝台車で乗ってきた変わり果てた娘の姿があったからだ。
まっちゃんが気をきかせてくれて寝台車の中で私と千尋の二人の時間をくれた。
「ちーちゃん・・・ちーちゃん・・・」
目にたっぷりの涙があふれ、名前を呼びながら頭やほっぺを優しくさすった。
私の両手でさすったり、わたしの頬で千尋のほっぺにスリスリもした。
スリスリしながら、千尋がただめをつぶっているだけに思えてきて、
「ちーちゃん、寒くない?ちーちゃん、背が伸びたね。
ちーちゃん・・・ちーちゃん・・・」
ゆっくり話しかけながら私は千尋に口づけをした。
優しい優しい気持ちで口づけをした。
病院には家族・身内はもちろん、
愛媛・香川・徳島のバイカー仲間がたくさん駆け付けてくれていた。
葬儀のため千尋とまっちゃんとで寝台車で高松の家に帰ることになった。
身を引き裂かれる思いだったが、子供二人の生命力と病院の先生を信じるしかなかった。そして寝台車の中で、今病室では長女と三女のそばには香川と徳島のバイカー仲間三人もついててくれると聞いて安心した。
長女も三女もHCUと言う特別な病棟にいた。ICUの隣だ。
三女は看護士詰め所の真ん前。長女は個室に入っていた。
子供達に付いてくれている仲間のうち二人はナース。そのうち一人は妊婦さん。瀕死状態の三女に付きそっている間、どんなに心を痛めてただろう。一時、気を失っていた長女になんて声をかけてくれたのだろう。きっと、言葉を探して探しての時間を過ごしたにちがいない。香川の仲間も、仲間と呼ぶにはよそよそしい程の家族同然のつきあいだ。だからこそ安心できたのだ。
ありがとう
あたりまえやんって言われるだろうけど、この感謝の気持ちはいつまでもいつまでも私たち家族のなかにあり続けます。

